| ◆痛みについて
生き物である人にとって、痛みという感覚は生命身体への侵害状態に対しての防衛体制の最前線にある「警告」信号です。
◆不安について痛みを感じなければどうなるでしょう? 痛みがなければ、ケガにも内臓の病的状態にも苦しむことはありません。 しかし、痛まない傷口は、痛みがないが故にいつまでも癒えることはなく、ふさがることもできません。 また、痛まない内臓は、その臓器が機能停止し死ぬまで休むことなく使い続けられることになります(沈黙の臓器といわれる肝臓の病では、何らかの症状を自覚した時点で既に障害は相当に進んでいる、だから検診が大切だし検査を頼りに養生と治療をコントロールしなさい、と医療的管理の重要性が説かれます)。 傷口に痛みを感じるからこそ、動かせず動かさないのですが、この痛みは修復につながる有利な行動である〈安静〉を保つことを意識することもなく実現しているのです。痛みこそ細胞の修復を有利に導き治ゆへの道を自然に準備しています。 痛みが身体への侵害への警告であるとすれば、問題は「侵害」(状態)にあるわけで、警告自体を消すことは本末が転倒していることになります。 したがって治療の本質は、その現実に生じているはずの侵害状態をいかに改善するかという所にあります。 現代のテクノロジーは、現実に生じている侵害状態を知る術をたくさん用意してくれています。例えば、MRIやCTの画像は、椎間板ヘルニアの部位や形を鮮明に映しだしてくれます。 しかし、特に腰痛を訴えない成人男性を同じようにMRI検査すれば、かなりの確率で同じようにヘルニアの像が見つかるはずです。 関節周囲の骨の変形は誰にでも起こる加齢変化ですが、この変形が痛みの原因とされる侵害状態には必ずしもなり得ないのも良く知られていることです。 骨折などの急性外傷などをモデルとすれば、侵害(状態)と画像検査の結果はよく一致する訳ですが、病態が少し複雑になり慢性的になればなるほど、このモデル的な思考法は何故かあまり通用しなくなります。 侵害とその状態には、それを「侵害」たらしめている構造があり階層があるはずです。 日々に進歩しつつある現代医学は、生物化学的な物質レベルで侵害(状態)を定義し、その侵害(状態)のプロセスをより微細により精緻に分析し、そのプロセスのどこかをブロックするような物質を見つけだすことで切れ味の良い薬物を造り上げ成果をあげています。 痛みを例に取れば、神経の中枢から末端にいたる感覚伝達プロセスのどこか、局所組織の炎症プロセスのどこか、あるいは形態的構造的な侵害の機械的プロセスのどこか、これらの「どこか」を探りそのプロセスを遮断することが治療であり、それが結果としての鎮痛をもたらすというアプローチとなるわけです。 痛みが問題なのではない、「その原因」が問題である、というのは現代医学でも代替的な伝統医学でも正統かつ正当な治療医学のアプローチに違いありません(末期ガン患者への鎮痛ケアは少し別の理屈がありますが)。 問題は、「原因」の考え方にあります。 侵害(状態)を成す要因には構造があり階層があるはずだ、ということを理論的にも実際的にも柔軟に考えることができなければ、何故に正統的な現代医学でも代替的な伝統医学でもその治療に成果があがり得るのか、その事実を素直に認めることができないはずです。 腰椎椎間板ヘルニアによる腰痛・坐骨神経痛に鍼灸治療が効くはずがない、効いているように思われているのは暗示効果にすぎない。 頭のお堅い整形外科の先生はこんな感じなのでしょう。椎間板の一部(髄核)の出っ張り(ヘルニア)が鍼治療で凹むはずがない、との彼の信念はゆるがないのです。 反論はいろいろと可能です(暗示はなぜ効果があるのかは本質的な事柄です)。 形態変化それ自体が病気あるいはその原因なのか、機能障害あるいは侵害状態それ自体が病気あるいはその原因なのか。椎間板ヘルニアがあっても痛まぬのは何故、その場合それは病気の状態なのか?椎間板ヘルニアがあっても症状に「波」があるのは何故? 腰椎椎間板ヘルニアによる腰痛・坐骨神経痛 腰椎椎間板ヘルニアを伴う腰痛・坐骨神経痛 腰痛・坐骨神経痛を伴う腰椎椎間板ヘルニア 腰痛が問題なのか、椎間板ヘルニアが問題なのかと言えば、患者にとっては腰痛が第一義的な問題ですし、整形外科医にとっては腰痛の原因としての椎間板ヘルニアが第一義的な問題となるわけです。 鍼灸治療家としてはその中間点に立っているのでしょう、ちょうど形態異常と症状の中間点に機能障害が措定されるように。 痛み自体が問題なわけではないが、「原因」を単に形態異常に求めるわけでもなく、痛みを生じせしめている傷害状態の成因を複合的・構造的・階層的に考えていくことが、現代医学を代替しうる伝統医学・鍼灸の現代的で現実的な意義ではないかと思う。
痛みが生命身体への現実の侵害に対する警告反応であるとすれば、不安という心的な状態は、同じように生命身体への未来からの侵害に対する警告反応であるといえます。
不安を感じなければどうなるでしょう? 未完 |